『武士道』よりもおすすめ! ルース・ベネディクト著『菊と刀』の読み方。【異文化理解】

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最近やっとボツワナ人の気持ちがわかってきた、協力隊3年目のエツコです。今日は、海外に住んだり、海外で働く人におすすめの、異文化理解におすすめの本を紹介します。

「日本人らしさとは何か?」というテーマの本はたくさんありますが、その中でも、一番古くから知られている有名な本は?と聞かれたら、迷わず、新渡戸稲造の『武士道』の名があがります。

海外で生活をするとなったときに、この『武士道』を読むことをすすめられた方も多いと思います。私も青年海外協力隊に参加するときに友人二人から本を贈ってもらい、何度も読み返しました。

日本人論の源流ともいえる『武士道』からの学びはとても多かったのですが、一方で、何度読み返しても、いまひとつ 物足りなさ が残っていました。この足りない感じはなんだろう・・?

そこを埋めてくれたのが、ルース・ベネディクトの『菊と刀』でした。

この記事では、

  1. 『武士道』と『菊と刀』の違いについて
  2.  途上国の異文化理解に『菊と刀』をおすすめする5つの理由
  3. 『菊と刀』の要約と読み方のヒント

について紹介します。

 

『武士道』は 新渡戸稲造が書いた ”自己紹介本”

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新渡戸稲造 (5000円札)
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『武士道』 出典:Wikipedia

 

まず、『武士道』とはどんな本か?詳細はこの記事がわかりやすいですが、一言でいうと、「新渡戸稲造が 欧米人に 日本の道徳観 を紹介するため、”7つの武士の精神”を紹介した本」です。

新渡戸稲造は「日本と海外の架橋になりたい!」と海外に留学して、留学先で出会ったアメリカ人女性と結婚しているくらいなので、欧米人の気持ちや考え方をよく理解しています。

彼の身近な奥さんや外国の友人たちに向けて書いた本なので、わかりやすく体系的に日本人の道徳観がまとまっています。現在でも日米両国で読み継がれるベストセラーになっている、長く評価を受けている作品です。

ただ、ここでひとつ気づいたたことが。

この本は、日本に生まれて、武士の家で育った新渡戸が、「日本人」として武士の心を説いているわけなので、つまりこれは、日本人の書いた「自己紹介」の本です。

わたしがもの足りなく感じていた理由はここにありました。自己紹介ではどうしても、客観的な視点に欠けてしまうのです。

 

『菊と刀』は アメリカの文化人類学者が書いた ”分析レポート”

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ルース・ベネディクト 出典:Wikipedia
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『菊と刀』 出典:Wikipedia

 

一方、『菊と刀』を書いたルース・ベネディクトは、アメリカの文化人類学者です。

この本の元になったのは、第2次大戦中に文化人類学者として活躍していた彼女がまとめた「Japanese Behavior Patterns (日本人の行動パターン)」という報告書。

ベネディクトは米国の海外戦意分析課で新聞報道やラジオ放送を担当し、「日本人に戦争を止めさせるのに、最も説得力のあるメッセージ」を探っていました。

つまり、アメリカ人であるベネディクトは、文化人類学者として 日本人を知る努力をし、「こんなとき、日本人だったらどう考え、行動するだろう?」というのを想像できるようになったのです。

ベネディクトは、終戦後にこの分析レポートを加筆し、1946年に『菊と刀』として出版しました。

加筆した点は、

・研究方法と歴史的背景
・日本人の子どものしつけ
・終戦後の日本人

について。

この本を書いた目的は、「日本人はクレイジーな敵ではなく、アメリカ人と同じ普通の人」であり、「一見不可解な行動も、日本人にとっては合理的」だということを、普通のアメリカ人に理解してもらうことでした。

( 引用:『菊と刀』のうら話)

 

途上国の異文化理解には『菊と刀』がおすすめ!

『菊と刀』では、恩、忠、義理、徳といった、『武士道』で紹介されている武士の精神についても多く触れています。

ですが、同じトピックを扱っていても、視点が違えば得るものも違います。この視点の違いこそが、異文化を理解するのに重要な手がかりになります。

特に、途上国の異文化を理解したい人に、『菊と刀』をおすすめします。

その理由は5つ。

1.異文化を理解するための手法が学べる
ベネディクトが日本人を研究するための基礎となった「文化人類学」とはどういうものか、その研究手法も簡単に説明してくれているので、異国の文化を理解したいと思ったときに、やり方の参考になります。

2.途上国の文化にも触れている
日本と欧米の比較だけでなく、中国やインド、タイ、太平洋の島々の文化についても比較分析しているので、そのまま参考になります。

3.歴史を知る大切さと活用法がわかる
江戸幕府や藩主、明治維新などの日本の歴史背景をあらためて学べます。そして、その歴史がどう日本人の性格につながるか丁寧に説明されています。これを応用すると、他国の歴史がその国民性にどう影響しているか?を考えるヒントになります。

4.反面教師になる
ときどき「一方的だ」と感じる主張があります。でも、自分も同じように、違う国のひとにそういう「勝手なイメージ」をもっているのではないか?と、自分を振り返ることができます。

5.自分にもできそうな気がする
戦時中だったので、ベネディクトは日本を訪れることなく、文献調査や在米日本人へのインタビューだけでこの本を書いています。それにも関わらず、出版から70年たった今でも「なぜこの人は、こんなに日本人のことがわかるんだろう!」とその理解力に驚かされます。
現地に行かずにここまで理解できるんだから、実際にその国にいる自分はもっと楽にできるはず!と希望がもてます。

 

『菊と刀』の読み方のヒント&要約

『菊と刀』は小さなエピソード含めて学びの多い良書なので、ぜひ原文訳を読むのをおすすめします。ただ、初見では少し読みづらいと思います。

そこで、読み方のヒントと要約を、各章ごとに紹介します。

1章から順番に読むのに挫折しそうな方は、まずはこの要約や引用エピソードをみて興味のある章だけ「つまみ読み」してみてください。

要約を読まずに早速、原文訳を読みたい!というかたはこちらを。

この記事をきっかけに『菊と刀』の読者が増えることを願って。

では、各章ごとの読み方のヒント&要約を紹介します。
(いくつか訳本がでてますが、光文社古典新訳文庫 角田安正 訳 を引用しています)

なお、要約中の小見出しは独自につけたもので原書にはありません。また読み方のヒントについては個人の見解であり、著者や訳者の方の意見ではありませので、ご注意ください。

 

第1章 研究課題 ―― 日本

日本人を研究することになった経緯と、そのやりかた(文化人類学の手法)について説明しています。

・日本人の不可解さ
アメリカがこれまで戦った敵の中で、日本人ほど不可解な国民はいませんでした。日本人を描写するのに「その反面・・」という表現は数え切れなかったといいます。

日本人は、攻撃的でもあり、温和でもある。軍事を優先しつつ、同時に美も追求する。思い上がっていると同時に礼儀正しい。頑固でもあり、柔軟でもある。従順であると同時に、ぞんざいな扱いを受けると憤る・・

矛盾してみえる行動の数々に、アメリカは困りました。どうすれば自国の被害を最小限に、日本を降伏させられるのか?米軍は、ベネディクトに日本人研究を任せました。「日本人とはどのようなものか、文化人類学の手法を総動員して説明せよ!」と。

・文化人類学の手法
「日本人を研究するためには、日本を訪れ、日本の家庭に住み、日常生活の苦労を観察し、その苦労のうちどれが重大か、そうでないかを自分の目で確かめるのが望ましい・・」と、ベネディクトは考えます。

でも、戦時中なので日本には行けない。そこで彼女は、在米の日系1世、2世、日本人捕虜へのインタビューと、日本文学や映画などの文献から調査しました。

彼女の意識は、単に文化の違いを指摘するのではなく、「違うことを前提としてどのように理解しあえるか」というところに向いています。このアプローチは、途上国の方々との協働の中で異文化理解に悩んでいる人を、勇気づけるものです。

わたしたちは「目的は彼らと共通だ」などと語り合うことがある。(中略) その国がわたしたちにとってなじみのない行動をとっているからといって、それが悪い方向を向いているとは限らない。

この仕事をするために必要なのは、一定の冷徹さと寛容さである。(中略) 冷徹な考え方をする人々は、差異が存在するということを甘んじて受け入れる。そして、差異を尊重する。そのような人々の目標は、差異があるにもかかわらず安全が保証されている世界である。

・日本人を理解するための5つの問い
ベネディクトは、日本人を理解するにあたって、以下の5つのことに注目しました。日本だけでなく、他の国の人を理解するのにも、この問いは有効かもしれません。

1) 日本で当たり前とされている習慣について
2) 日本人が丁重な扱いを期待するのはどのような場合か
3) 逆に、遠慮するのはどのような場合か
4) 恥だと感じたり、きまり悪い思いをするのはどんな状況か
5) 日本人が義務と考えるのは何か

 

第2章 戦時下の日本人

2章ではまず、「戦争の大義」について日・米の違いを説明し、次に、戦時下の日本人の奇妙な行動と、その理由に触れます。でもまだここは導入部分。日本人の価値体系の詳しい説明は3章から始まります。

・戦争の大義
アメリカは戦争の理由を、「他国が侵略してきたから応戦したのだ」といいます。一方、日本が戦争をする大義は別のところにありました。

日本は戦争の大義をほかの観点から見ていた。つまり、各国が絶対的な主権を持っている限り、世界の無秩序は一掃されない。日本は国際的な上下関係を確率するために戦う必要がある。そのような階層の頂点に立つのは、もちろん日本である。なぜなら日本だけが、国内において頂上から底辺へと正真正銘の階層を形成し、したがって、「おのおのがその所を得る」必要を理解していたからである。

これはまさに元・武士らしい意見。江戸200年続いた「士農工商」の階層が日本の秩序を守り、日本国民を幸せにしたと思っています。それを誇りに思うゆえに、そのシステムを世界に輸出すればみんなハッピーだよね!もちろん日本は「武士」の位置ですよ!と主張しています。特にこの「階層への信頼」は重要なキーワード。詳しくは3章で説明されます。

・ここが変だよ!戦時下の日本人
1.   寒い冬は防寒体操。体操は食料に代わる活力源。
2.   戦況が悪くても「予期してた通りだから、心配無用」
3.   もし日本が負けても、天皇への尊敬の念は失われない。
4.   生死にかかわる危険に身をゆだねてこそ潔い。
5.   捕虜になることは恥。自害するべき。
6.  「自害が許されないなら、模範的な捕虜になります。」

・奇妙な行動を理解するためのヒント
日本人の変な行動を理解するためのエピソードが紹介されています。例えば「礼儀と恥の関係」、「忠実さと、その対象の入替わり」など。

 

第3章 応分の場を占めること

日本人は「階層があり、自分の場所が与えられること」に信頼と安心を得ます。これはアメリカ人が「自由と平等」に信頼をおくのとは、天と地ほどの隔たりがあるそうです。3章の中盤からは、7世紀の日本の身分制度にはじまり、江戸時代に「士農工商」が生まれた経緯とその実態を説明しています。また、中国やインドと比較して日本の階層制の特徴を示しています。

・外交文書にみる、上下関係を気にする日本の姿
‐ 日独伊の三国同盟の文書
‐ 真珠湾攻撃の声明

・中国、インド、太平洋の島との比較
‐ 日本の絆は「家族 or 藩」。中国の絆は「氏族」
‐ インドの身分は変更不可。でも日本には抜け穴がある。
‐ 日本の天皇観は、太平洋の島々の「神聖酋長」と同じ

・農民の「立場」も、保証されている日本
ヨーロッパの封建制と違い、日本では「それぞれの階層が権利をもっている」ところに特徴があるそうです。

封建領主すなわち大名が守られているわけではない。百姓は、何よりも大事にしているもの、つまり田畑に対して永代所有権を持っていた。そして一生懸命に、丹精こめて田畑を耕していたようである。(中略)そのような体制は上の者とそれに従う者との間を取り持っており、比較的信用されていた。人は、おのれの責務・特権・居場所をわきまえていた。もしそれらのものが踏みにじられると、この上なく貧しいものですら異議を申し立てることがあった。

重い年貢に反対する「百姓一揆」でも、彼らは整然とした手続きを踏みます。農民は大挙して押しかけますが、きちんと嘆願書を出します。それを藩の領主に握りつぶされると、危険を犯して幕府に嘆願書を届けます。幕府は彼らの願いを聞き入れますが、藩の領主への服従を破ったので、一揆のリーダーは死罪となります。他の百姓は、その処刑を暴れもせず受け入れます。まるで武士の振る舞いと同じように、階層の掟をはみ出すことはありません。

・「階層制」への愛着と信頼
日本人は長い歴史の中で、階層の掟に愛着と信頼を寄せてきました。日本では、革命は起こりませんでした。

日本人は、微に入り細をうがつ行動規範に愛着と信頼を寄せていた。それは、ある程度もっともなことである。なにしろこうした行動規範の下では、決まりどおりにしている限りにおいて安全が保証されていた。

ベネディクトは、著書の中で「法制的に封建時代が終わったのは、たかだか75年前のことにすぎない。人間の一生と同じ程度の期間では、国民の頑固な癖は直るものではない。」と言います。それからさらに70年。日本人の癖に変化はあったのでしょうか?この本に書かれている日本人像と、現在の日本人を比較してみると面白いと思います。

 

第4章 明治維新

4章では、江戸幕府の崩壊により、日本の階層構造に変化があったことを説明しています。明治維新は、それぞれの「応分の場」にどんな変化をもたらしたのでしょうか?そして日本人はその階層の変化をどう受け入れたのでしょうか?

・新しい居場所
新政府は、士農工商を廃止し大改革を進めました。一方で、不満をもらす民意に対して「応分の場」を認めてやろうと、細かい気配りをみせました。

1. 憲法によって、国民は国家の中に居場所を与えられた。
2. 地方行政はこれまで通り共同体の長老が取り仕切った。
3. ”経済のエリート”が必要と考え、財閥にその場を与えた。
4. 軍隊制度はこれまでの階層を薄め、新しい上下関係を生んだ。

「応分の場」が保たれている限りにおいて、日本人は不満も言わずに頑張り続ける。安心感があるからである。

 

第5章 過去と世間に負い目がある者

「恩」は日本人にとって強制力をもつキーワードの1つです。これは愛情の一種である「忠」とは違います。5章は「恩」の説明の導入部分です。恩の話はこの後、6章、7章、8章と順番に続いていきます。

・「恩」とは
果たすべきことという意味で、借りがある状態を「恩」といいます。アメリカ人には、「恩はお金の貸し借りのようなもの」と伝えると理解しやすいです。例えば、「親には恩(借り)があるので、”恩返し”をして返さなければなりません。」このように説明すると、一定の理解は得られます。ですが、日本人のもつ「恩」の世界観は、アメリカ人には感覚的にわからないようです。

父親が母親のいない子どもたちのために長年にわたって尽くすこと、ハチのように忠実な犬が主人のために尽くすこと―アメリカ人は日本人と異なって、これらの事柄に貸し借りの概念を当てはめることはない。愛や親切、寛大さなどは、無償であればあるほどありがたいものだ。

 

第6章 万分の一の恩返し

恩は”借り”なので、返さないといけません。ただし、この「恩返し」には2種類あります。1つは、どうやっても返しきれない、無限の恩。これを返すことを「義務」といいます。もう1つは、借りたぶんだけ期限内にきっちり返すタイプの恩。これを返すことを「義理」といいます。6章ではまず、無限の恩に対する「義務」について、説明します。

・「孝」と「忠」は、日本人の義務。

「孝」= 両親への恩返し
親への無限の恩があるので、子どもは親の意見を尊重しなければいけない。

「忠」= 天皇への恩返し
江戸時代に藩主や将軍に向けられていた「忠」を、今度は天皇が受けとることになった。

 

第7章 義理ほどつらいものはない

「義理」は儒教にも仏教にもない、日本独特のものです。期限内にきっちり返さないといけません。嫌だけど仕方なく返すときもあります。「義理」を返す先は2種類あります。1つは「世間への義理」(7章で説明)、もうひとつは「自分の名への義理」(8章で説明)です。

・世間への義理
義理を返すのは、恥をかかないためです。また、義理を返しあうのは相互扶助のしくみでもあります。

柩(ひつぎ)を作るのを手伝った人は、もてなしを受ける。だからその人は、ふるまってもらう食事の一部なりとも負担しようと、遺族のところにいくばくかの米を持参する。

 

第8章 汚名をすすぐ

自分の評判を保つことは「自分の名への義理」です。名誉ともいいます。礼儀正しくしたり、自制心を発揮することで、その評判を保てます。日本人は非常に傷つきやすく、汚名を理由に復讐や自殺をします。名が汚れないように細心の注意を払います。

・自分の名への義理
‐   自制心は、「自尊心」
‐  「競争」を避け、「仲介者」を置く
‐   復讐に代わる、自殺
‐   他のアジアの国は「名への義理」を理解できない。

ベネディクトは様々な例をあげ、日本人がどのように「自分の名」を大事にしているかを説明しています。その中でも私が特に印象的だったのが、敗戦後でボロボロの状態にもかかわらず「日本の名」を守ろうとする姿です。

日本人は虚脱状態にありながら、戦勝国に対してあのような友好的態度を示しているのである。わたしたちにとってはほとんど信じられないことのように思える。(中略)彼らはアメリカ人をお辞儀と微笑みで歓迎した。また、手を振り、歓呼の声を上げて迎えた。

少なからぬ日本人は、次のように感じている。友好的な態度を示すことによって名誉を守ることが可能になり、したがって、相手に依存しておけばこの上なく安全にそうすることができる、と。

日本の各新聞は一九四六年の春、次のような主旨のことを繰り返し論じている。「世界中の注視の的となっているというのに」、空襲のあとの瓦礫の始末もできず、電機・ガス・水道などの公共サービスの中にはまだ復旧していないものもある。これは日本の名にとって何という汚点であろうか――。

また、ベネディクトは、日本人が何気なく繰り返している気分の反転を指摘しています。それは「ひたむきに打ち込んでいたと思ったら、一転してふさぎ込む」ということ。彼女の目には、日本人は、いつの時代も「名誉の獲得」を目指しているように思えます。

今、日本は何かに打ち込んでいる時期でしょうか。それとも、ふさぎ込んでいる時期でしょうか。今の日本人は、どうしたら「名への義理」を返せると思っているのでしょうか。それとも、義理という概念は、もう過去のものになったのでしょうか?

 

第9章 「人間の楽しみ」の領域

日本人は快楽を楽しむことを許しています。しかし、「応分の場」や「恩」が優先されるとき、その楽しみは犠牲になります。すでに楽しみを知っているのに我慢するのは一層つらいことだと、と禁欲主義の国のひとは驚きます。でも、日本人にとって「犠牲は美徳」なので、そのことに満足しています。

・快楽の例
温浴/睡眠/食事/恋愛/芸者/娼妓/男色/自慰/酒

・日本人は欧米化している?
睡眠についての日米の考え方の比較を紹介しています。今の日本人は、昔に比べて寝るのが下手になったのかもしれません。

睡眠をむさぼることも、日本人の楽しみの一つである。これはきわめて完成度の高い技である。 (中略)日本人はまた、就寝も早い。このようなことは、ほかの東洋の国では見られない。田舎の人々は、日が暮れると間もなくぐっすり眠ってしまうのだが、だからといって、翌日に備えてエネルギーをたくわえるというわたしたちの行動原理に従っているわけではない。

朝、起床するとき大半のアメリカ人が最初に考えるのは、「ゆうべは何時間眠っただろうか」と計算することである。眠った時間が分かれば、その日どれだけのエネルギーを発揮できるか見当がつく。ところが日本人は、それとは別の理由で眠るのである。日本人は眠ることを好み、危険を感じないときには喜んで眠りに就く。

それでいて、日本人は毅然たる態度をとって睡眠を犠牲にすることもある。(中略)「しかしどうして、全員眠らせずにおくのですか。一部の者は眠らせてやったらいかがですか」と尋ねたところ、「とんでもない!」という答えが返ってきた。「その必要はありません。彼らは眠るこつを心得ているのです。必要なのは、眠らずに起きておく方法を身に付けることです。」ここに日本人の見解が、ずばり述べられている。

・幸福の捉え方と人生の目標
日本人にとって「五感の楽しみ」は天の恵みであって、人間が非難すべきものではありません。しかしアメリカ人は、それは「人間の堕落」であるといいます。これにはキリスト教の教えの影響がありそうです。

日本人にとって人生の目標は、「応分の場」でおのれの責務を果たすこと。アメリカ人のように「幸福の追求」を人生の目標とすることは、大それた、いかがわしい考え方である、と当時の日本人は考えていました。一方で、「幸せ」に関する自己啓発本があふれる、現在の日本。このあたりの感覚は時代とともに変わってきた気がします。

 

第10章  徳目と徳目の板ばさみ

日本人の人生観は、忠、孝、義理、仁、人間の楽しみなどに細分化されています。しかも細分化された領域ごとに独自ルールがあるので、ときに矛盾を生じてジレンマを生みます。また、後半では日本人の行動を左右する「恥の文化」についても説明されます。この章は重要な内容が盛りだくさんです。

・板挟みの例
「人情を選びたいが、義理が邪魔する」のは、徳目の板挟みになっている状況です。どちらを優先するかは、「借金を抱えた債務者が、どの借金から先に返すべきか選択を迫られている」のと似ているそうです。

・忠臣蔵
赤穂浪士が「義理」と「忠義」に挟まれて葛藤する話。この話は当時の日本の小学5年生の教科書で「これは仇討ちと切腹により2つの徳を得た、一石二鳥の案であった。」と紹介されています。切腹して一石二鳥・・。同じ日本人ながら、カルチャーショックを隠せません。

・明治政府の政策
明治政府は、将軍と大名を廃止し、天皇にのみ国民の「忠」を向けさせました。そして、「忠」さえ大切にすれはその他の徳も自動的に満たされる、と宣伝しました。また、「軍人勅諭」と「教育勅語」を聖典のように扱いました。当時の政府は徳目を統一しようと試みましたが、その後の日本はどうなったでしょうか。今の日本に「忠」はあるのか?それは「義理」よりも大事だとされているか?そのあたりを比較すると、理解が深まると思います。

・「恥の文化」と「罪の文化」
アメリカ人が「罪」かどうかを重視するのに対し、日本人は「恥」かどうかを重視します。「恥」は、これまでの章で扱った「義理」や「礼儀」にも深く関わるものです。

人前で嘲笑されたり拒絶されたりするか、そうでなければ、嘲笑されたと思い込むことが恥の原因となる。いずれの場合も、恥は強力な強制力となる。しかしそれが作動するためには、見られていることが必要である。

・日本の美徳が、役に立たない!?
留学や仕事のためにアメリカに行く日本人は、「礼儀」の概念自体が通用しないので途方にくれます。しかも、そんな彼らをよそに、中国人やタイ人はなんなく溶け込んでいるのです。 異国の文化に馴染んだあと、彼らは「日本の美徳を守ろうとすると、身動きがとれなくなる」ことを理解します。

・すみ江さんの場合
アメリカ留学した女学生、すみ江さんのリアルな体験談。平成の世でも共感できます。

「私は礼儀作法を完璧に身に付けていることを誇りとしていた。日本人ならだれでもそうであるように。ところが誇りはひどく傷つけられた。ここアメリカに来てからはどうすれば礼儀正しく振る舞えるのか分からず、自分で自分に腹が立った。また、周囲に対しても怒りを覚えた。」

「自分はまるで、どこか別の惑星から落下してきた生物のようだった。感覚と情緒はあるが、それはこの別世界では何の役にも立たない。(中略) 日本流のしつけを身に付けていたがゆえに私はひどく神経質になり、自意識過剰になった。社会的な観点から言うと、私は新しい環境に置かれて五里霧中の状態であった。」

二年か三年経ってようやく緊張が解け、すみ江は、ほどこされた親切を受け入れるようになった。(中略)アメリカ人の生活には、すみ江の言う「洗練されたなれなれしさ」がともなう。だが、すみ江は「すでに三歳にして、なれなれしさは無礼と同じだとして心の中に封じ込めていたのである」。

 

第11章  鍛錬

日本人は、起こり得る有事のために、前もって「鍛錬」します。一方、アメリカ人はまず目標を定め、そのためならばと鍛錬します。日本人は「鍛錬が自分の利益につながる」と力説します。でもその実、その規範が日本人を苦しめることもあります。この章では、こどものしつけや、禅、悟り、修行などの例をあげて、「なぜ日本人は自分を鍛えようとするのか?」の問いに答えていきます。

・ 日本の「犠牲」は相互交換
・ 鍛錬しないと、人生を味わえないぞ
・ 「禅」の修行は、五感の停止を好まない
・ 剣客の驚くべき修行
・ 漫画の世界にでてきそうな師匠
・ 八年かけて解答する「禅問答」
・ 修行により、何から解放されるのか?
・ 「死んだつもりで生きる」の意味
・ 「恥」という自己検閲を排除する

 

第12章  子どもは学ぶ

当時の日本の子育ての様子を、日常のほんわかエピソードを多数紹介しながら、描きだしています。離乳食がなかったり、ハイハイがNGだったりと驚くこともあれば、まわりまわって今と昔は同じやり方をしていたりと興味深いです。また、第1章で最初に投げかけられた謎、「なぜ、日本人の行動は矛盾するのか?」が解き明かされます。

・自由とわがままが許される時期
ベネディクトは、日本とアメリカでは、人生の中で「自由とわがままが許される」時期が異なると指摘します。アメリカでは幼少期が一番制約が多く、年齢があがるにつれて自由を手にいれることができます。グラフにすると右肩あがりです。一方、日本人の人生の曲線は大きな、底の浅いU字型の曲線になっています。日本で最大の自由とわがままが許されるのは、乳幼児と老人です。子どもは成長するにつれて制約が増えていき、曲線は結婚前後に底に達します。つまり、日本では青年期~壮年期がもっとも制約が多い時期なのです。これはアメリカとは真逆になっています。

・日本の子育て
授乳/寝かしつけ/分娩/おんぶ/寝床/おしめ/離乳

・日本のしつけ
‐   いつまでも赤ちゃんみたいだと笑われるよ
‐   悪い子は、よそへやってしまうよ
‐   あの子をみてごらん、泣いていないでしょう

・制約の多い世代
‐  「世間への義理」が優先される家庭
‐   軍隊での、後輩いじめ
‐   小さな自由を得る喜び

・なぜ、日本人の行動は矛盾するのか?
これは実際に本を読んで確かめてみてください。

・変化する日本
日本は移行期にある。とベネディクトはいいます。つまり、これまでの伝統的な価値体形から外れた「精神の自由」が拡大しているということです。しかし、自由を取り入れればこれまでの社会のバランスが崩れます。これを防ぐため、日本人は古くからもつ美点である「自己責任」をとりいれ、社会の安定を保とうとします。

 

第13章  敗戦後の日本人 (最終章)

敗戦後の日本の様子を、他の欧米諸国と比較して説明します。また、マッカーサーの占領政策がいかに日本人の性格に配慮して「名を傷つけないように」注意を払っていたかを伝えています。最後に、ベネディクトは終戦後の日本の将来を予見します。

・戦争における日本人の態度
‐   ロシアに勝利したときの日本軍の礼儀正しさ
‐   無礼な敵に対して復讐するのは当然だという態度
‐   嘲笑に憤慨するが、「当然の帰結」は受け入れる

・天皇の地位の保全
敗戦後、天皇のほうから先にマッカーサーを訪問した。

マッカーサー「神性を否定してはどうか?」
天皇「持っていないものを手放せといわれても迷惑だ」
天皇「日本人は天皇を欧米流の神とは考えていない」
マッカーサー「しかし欧米諸国はそう思っている」
天皇「では誤解を覚悟して、現人神であることを否定しよう」

天皇は、演説後に、それに関する世界の論評を残らず翻訳してくれるよう頼んだ。
それを読み、天皇はマッカーサー司令部宛に、満足している旨を伝えた。

・戦後のストライキが、カッコいい。
炭鉱のおっちゃん、かっこいい!と、驚いてしまうエピソードが紹介されています。(これをカッコいいと思うのは日本人の感覚かもしれませんが・・。)ストライキのイメージがひっくり返されました。詳細は書籍で。

・戦後の日本が歩んだ道
『菊と刀』は終戦直後の1946年に出版されました。ベネディクトはその後の日本の驚異的な経済発展を知ることなく刊行の2年後にこの世を去りましたが、『菊と刀』の中で、日本の未来を予見していました。日本に行ったこともないのに、日本人の性格からその未来を言い当てるなんて、ほんとにすごいですね。

 

最後に

この本には、当時の日本やアメリカのエピソードが多く紹介されています。その中には、「戦時中の日本、理解不能すぎる!!」と驚くものもあれば、「今の自分は、アメリカ人の考え方に近いかも?」と感じるもの、そして「自分の気持ちを、まさに言い表してくれている」と思うものもあると思います。

明治政府、軍国主義、近代化(欧米化)・・・いろいろな価値観が、日本人を変えようとしました。その中で変わったこともありますが、根強く残っている「日本人らしさ」もあります。それらをぜひ、自分の感覚と照らし合わせて、感じていただきたいです。

この記事では主に「途上国の異文化理解」をテーマに、要約・引用していますが、『菊と刀』は読み手の視点によって、たとえば、「学校教育が何をもたらすのか」「なぜ快楽に流されるのか」「日本の歴史のターニングポイント」について・・。など、いろいろな気づきをあたえてくれます。

要約を読んだあとは、ぜひ自分なりの視点で、原文訳を読んでみてください!
光文社古典新訳文庫 角田安正 訳がおすすめです。)

英語の原文で読みたい方はこちらを。
The Chrysanthemum and the Sword

日本語と英語の両方で書かれている、対訳版もあります。
菊と刀 縮約版 The Chrysanthemum and the Sword【日英対訳】

『菊と刀』の元となった報告書、『Japanese Behavior Patterns 』の訳本です。
日本人の行動パターン (NHKブックス)

 

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